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第29回少年の主張 会津若松市大会 を開催しました

平成27年8月6日(木)文化センターにおいて、第29回少年の主張会津若松市大会が開催されました。

 市内の小中学校から32名のみなさんが、日頃感じていることや多くの人に聞いてもらいたいこと、夢や希望、社会への提言などを発表し、小学校の部、中学校の部でそれぞれ3名の方が最優秀賞に輝きました。(最優秀賞6名の方の発表作文を掲載しています。)

 

小学生の部

  

No. 学校名 学年 氏名 題名
川南小学校 6年 荒明 真汐 自信と誇りをもって
 河東学園小学校 6年 平子 七海 私の存在 ~双子で生まれて~
 会津若松ザベリオ学園小学校 6年 内藤 日満璃 テレビ番組と賢く付き合う

鶴城小学校

6年 白川 愛夢 私と陸上競技

城北小学校

6年 遠藤 沙知 私を支えた3つの言葉
 行仁小学校 6年 林 洋美

「いただきます」「ごちそう様でした」

から見える日本人の真心

 城西小学校 6年 山川 紗和 私ができることから
 謹教小学校 6年 鈴木 愛渚 自分を信じること、仲間を信じること
 日新小学校 6年 狩野 杏菜 「本当のやさしさ」とは
10 湊小学校 6年 加藤 杏偲 夢への挑戦
11  一箕小学校 6年 橘内 凜 フルートは私の心のとびら
12  松長小学校 6年 佐藤 莉瑠 私を励ます曲
13  永和小学校 6年 谷川 唯人 「翠鼓」から教わったこと
14  神指小学校 6年 門馬 諒汰 命を育てる責任
15  門田小学校 6年 渡部 風花 すばらしい母の背中を追って
16  城南小学校 6年 大河原 楓 夢への一歩
17  大戸小学校 6年 宗像 大洋 広げよう 花と緑を
18  東山小学校 6年 若宮 彬 先人に夢を重ねて
19 小金井小学校 6年 菊地 紗羽 優しくて強い人になるために
20 荒舘小学校 6年 五十嵐 翠星 命どぅ宝を考える

 

 

 

◎最優秀賞 『私の存在 ~双子で生まれて~』     河東学園小学校 6年 平子 七海 さん

  

 「すっげぇ。双子だ。そっくり。」

 小学校に入学して、上級生のお兄さん、お姉さんたちに、最初に言われた言葉です。

 私と妹は、双子。一分違いで生まれ、私が姉です。確かに見た目はそっくりだったかもしれません。

 双子のイメージは、顔が似ている、性格も似ている。以心伝心、考えることも同じ。「双子はいいな。」と友達によく言われます。

 しかし、双子だからといって、何もかもそっくりなわけではありません。性格は違うし、好みも違います。顔だって、それほど似ているわけではないのです。

 十一年前、運命は、私と妹を「双子」という形で、世の中に送り出しました。小さい頃はいつも仲良しで、何をするにも一緒でした。入学式の日も、同じ服、同じ靴、同じ帽子で登校したのですから、「そっくり」と言われるわけです。

 ところが、「双子だ、そっくり。」という言葉に、私は、敏感に反応しました。どうやら双子は「普通ではない、良くないのだ。」と思ってしまったのです。

 それから、私の「そっくり」に抵抗する日々が始まりました。妹とはあえて、違う服装をしました。今、タンスの中に同じ服は一つもありません。部活動も違います。妹は陸上部、私は合唱部です。

 「そっくり」と言われることが嫌でした。私は私、妹とは違う「双子とひとまとまりにしないで。」といつも思っていました。

 ある日、些細なことで、妹とけんかをしました。すると、母が、「双子なんだから仲良くしなさい。双子なんだから。」と仲裁に入りました。私は思わず、

 「双子、双子って言わないで。関係ないでしょ。」

と口ごたえしてしまいました。すると、母は、

 「ななは、双子がそんなに嫌なの。お母さんが悪かったの。」

と涙ぐんでしまいました。

 勢いとはいえ、母を責めてしまったことを恥ずかしく思いました。涙ぐむ母のその言葉は私の心に深く突き刺さりました。しかし、素直に謝ることはできませんでした。

 三年生の時、父が、私と妹の名前の由来を教えてくれました。海のように心が広く、七つの海で「七海」。みんなを明るく照らす存在の千の太陽で「千陽」。私たちが生まれたとき、両親は一人一人それぞれに思いや願いを託しました。

 では、双子で生まれたことのよさとは何なのでしょう。それは、同じ時間を共有し、互いに助け合える、姉妹としての絆が強いということなのかもしれません。

 「そっくり」と言われることに反発し、妹に隔てを置いていた私に、母は自分が悪いと泣きました。

 「お母さん、そんなことはない。私はこの家族に生まれてよかったと思っているよ。妹がいたからこそ、私は、私の存在を深く考えることが出来たのだもの。」と、私は母に素直に伝えたいです。

 今、私と妹はそれぞれの夢や将来に向かって歩んでいる真っ最中です。妹との関係の葛藤から、私は、「自分の存在」を強く感じることができました。双子で生まれたことは、おそらく私が私であること、私らしく生きていくことを教えてくれたのです。

 これからも妹とは、よき競争相手、そしてよき理解者であり続けたいです。互いに支え合い、両親の自慢の娘たちとして生きていきたいです。

 一つだけ、今も使う同じピンク色のランドセル。私と妹が双子であることの証です。

 

   

◎最優秀賞 『「いただきます」「ごちそう様でした」から見える日本人の真心』     行仁小学校 6年 林 洋美 さん

   

 「いただきます。」

 去年の冬、京都への家族旅行中、食堂で食事をしようとしていた時のことです。となりの席にいた外国の方から声をかけられました。

 Why do you say, “Itadakimasu” putting your hands together?

 「どうして手を合わせて『いただきます』と言うのですか。」という意味です。私が思いがけない質問にとまどっていると、姉が

 「日本の食事の時のあいさつです。」

と、英語で答えました。すると、その外国の方は、

 I see… Un…

と、不思議そうな顔で一言言うだけでした。

 その表情が気になり、後でインターネットで調べてみると、「いただきます」「ごちそう様でした」のあいさつは、私たちが食べる動植物や生産者、運送者、調理者への感謝の気持ちがこめられている日本特有の表現だ、ということが分かりました。

  さらに深く調べていくと、私はあることに気がつきました。「いただきます」「ごちそう様でした」は、私と動植物、生産者、運送者、調理者を結びつけてくれ る言葉だということです。おたがいに結ばれていくことで、私が会ったこともない方々の気持ちや願いに思いをめぐらせ、その全てに感謝の気持ちを伝えること ができる言葉だったのです。まさにこれこそが、日本人の真心です。

  しかし、今、この感謝の気持ちをどの位の人がもち、伝えているでしょうか。「いただきます」や「ごちそう様でした」のあいさつもせず、けい帯電話をそう作 しながら食事をしている人を見ると、日本人の真心はもうなくなってしまったのか、と悲しくなりとても残念な気持ちになります。

  私のいとこの家では、米や野菜を作っています。作物が育つには毎日の手入れがとても大切です。一個のミニトマト、一つぶのお米にも、生産者の愛情ややさし さが、ぎっしりつまっています。その食材を使って母が作ってくれる食事は、本当にごちそうです。私は多くの方の愛情ややさしさに支えられ成長していること を実感し、感謝の気持ちでいっぱいになります。その感謝の気持ちを伝える言葉が、「いただきます」「ごちそう様でした」なのです。この言葉は日本人の真心 がこめられたすばらしい言葉です。だから、この言葉の意味を、私たち日本人一人ひとりがしっかり理解し、伝えていくことが大切だと思います。

 2020年東京オリンピックの年、多くの外国の方が日本をおとずれるでしょう。

 「どうして手を合わせて『いただきます』と言うのですか。」

と、外国の方に聞かれたら、今度こそていねいに答えたいと思います。

 In Japan, at the meal time, we express our thanks to the nature and everything around us. So we put our own hands together and say “ Itadakimasu” let's start eating, “Gochisousamadeshita” thank you for the meal.

  私はこれからも、手を合わせて「いただきます」「ごちそう様でした」と感謝の気持ちをこめて言います。そして、学習してきた英語を生かして、この日本人の 真心を世界の人達に広げていきます。おたがいに結ばれ、心がつながれば、その先にはきっと世界の平和があると信じています。

 

◎最優秀賞 『命どぅ宝を考える』     荒舘小学校 6年 五十嵐 翠星 さん

  

 みなさんは、「命どぅ宝」という言葉を知っていますか?

 ぼくは、ある教会で英語を習っています。

  ある日、ぼくがいつも通り英語を習いに教会に行くと、「命どぅ宝」とう横断幕がありました。ぼくは、何のことだろうと思い、早速、家に帰ってインターネッ トで調べてみました。この言葉は沖縄の方言で「命こそ宝」という意味でした。そして、沖縄県の「平和の礎」というところには、第二次世界大戦でなくなった 人の名前が石碑に刻まれていることが分かりました。

  その年の年末年始に沖縄県に旅行に行きました。ぼくはまず、ひめゆりの塔や首里城などを見学し、沖縄の文化や伝統を体験しました。その後、一番行きたかっ た平和の礎に行きました。そこはとても広くて、奥へ行くと美しい海が見えました。青い海、吸い込まれそうな空、輝く太陽には手が届きそうでした。その時、 父と母から、

 「この辺りで、たくさんの沖縄の人の尊い命が奪われたんだよ。」

 「日本は平和が当たり前と思っている人が多いけど、この平和は憲法九条があるからだと知っている人は少ないかもね。」

という話を聞きました。

 沖縄が第二次世界大戦の戦場になったことは前から知っていました。(この美しい沖縄が戦場に?たくさんの人たちが殺された?)正直、信じられませんでした。そして、初めて憲法九条のことを耳にし、疑問が浮かんできました。

 「憲法九条って何だろう。そもそも憲法って何だろう。ニュースでもやっていたな。」

 家に帰ってから調べてみると、憲法とは、どういう国にしていきたいかという国作りの基礎になるものだということ。その中でも九条は、他の国にはない「戦争をしない。戦力を持たない。交戦もしない」という平和に関する内容だと分かりました。

 一瞬、英語の先生の携帯についていた「9」の数字のストラップのことを思い出しました。

 「これは平和のためのお守りなんだよ。」

ぼくが尋ねると先生は教えてくれました。ぼくはあの時の「9」と憲法九条はつながっていたことに気づきました。

 その事を夜、父と母に話してみると、

 「今、国会では憲法九条に関係した法律について話し合いがされているんだよ。」

と教えてくれました。

 その時、憲法九条を大切にしないと、日本は戦争に巻き込まれるかもしれないと思いました。

 たとえ戦争はしなくても、武器を造って他の国に売り、その武器で殺された人の国は、日本を憎み、やがて日本に戦争をしかける。そして、沖縄のように戦場になり、たくさんの尊い命は奪われてしまう。こんな恐ろしいストーリーが待っているような気がしました。

 このようなことにならないためには、一体どうすればいいのでしょうか。

  ぼくは、戦争は暴力や権力で相手を支配するという自己中心的な考えが原因で起こるように思います。ぼくもたまに相手のことを考えずに、言い争いになってし まう事があります。「そんなことと、戦争は違う。」と思う人がいるかもしれませんが本当にそうでしょうか。自己中心的な考え方で、相手の生命や人権までも 支配するということは戦争も言い争いも同じではないでしょうか。

 ぼくはこれからも、自分の考えだけでなく相手の立場で考えること、お互いのかけがえのない生命を大切にすることを忘れず、いろいろなことに挑戦し、共に生きる力を高めていきたいです。

 みなさんも「命どぅ宝」を心に刻み、もう一度、平和について、命の大切さについて考えてみてください。

 

 

中学生の部

 

学校名 学年 氏名 題名
湊中学校 3年 松野 駿樹 困難の先に
一箕中学校 3年 黒澤 真衣 生きる強さ
大戸中学校 3年 芳賀 莉奈 私を変えたもの
北会津中学校 3年 松本 彩乃 「聴き合う」という魔法
河東中学校 3年 星 李奈 ソフトボールの魅力
会津学鳳中学校 3年 山﨑 彩音 地球人として生きる

会津若松ザベリオ

学園中学校

3年 星 柚花 自分らしさ
欠席 第一中学校 3年 髙橋 永唯輝 普通に生活できることの幸せ

第二中学校 3年 村田 栞理 ほめ言葉のすすめ
10 第三中学校 3年 菊池 雪那 母の名言
11 第四中学校 3年 相田 晋矢 伝えることの難しさ
12 第五中学校 3年 成田 英叶 適切な診断を受けることの大切さ、難しさ
13 第六中学校 2年 大島 和 ばあちゃんのこと


 

◎最優秀賞 『生きる強さ』     一箕中学校 3年 黒澤 真衣 さん

  

 生きる強さとは、何だろう。

 きっとそれは自分の心の強さなのだと思う。

 私はそれを、この中学校三年間で学んだ。

 私はなぎなた部に所属している。一年生の時の新入生歓迎会で先輩達のなぎなたの演舞を見て、かっこいいと思ったからだ。

 でも実は私の内心では「護身用程度に身につけられればいいか。」と思っていた。

 そんな生半可な気持ちで入ったなぎなた部の練習スケジュールは予想外にハードだった。

 月曜日から金曜日までは学校で放課後に二時間半ほどの練習。土日はなぎなたスポーツ少年団の練習を二時間から三時間くらい行っていた。

 私は、自分の半端な覚悟を悔やんだ。そして改めて気を引き締め、もっと真剣に部活に取り組もうと決意した。

 それから、二年後。私は中学三年生になった。

 最初は半端な気持ちで入ったなぎなた部も、つらい練習に耐え抜いた結果、私は賞状が取れるくらいに上達できた。部のみんなや先生にも努力を認められ、部長になった。

 だがその部長の仕事も大変で、同学年の部員が多いため、意見を上手くまとめられなかった。中には私の部のまとめ方に悪口を言う人もいた。でも私は諦めなかった。少しの悪口は相手にせず、自信を持って行動した。今は部のまとめ方に迷いなどしていない。

 私はなぎなたを通して、諦めずにやり通す強い意志と自分に自信を持つ強い心を得られた。私はなぎなたによって二つの強さを得られたことを誇らしく思っている。

 そして部活もあと少しで引退という時期になり、いよいよ自分の進路を本格的に考えなければならない時期に入った。私はこれからの進路を考える上でずっと前から憧れていた職業がある。声優の仕事だ。

  私の尊敬する声優さんは感情表現と演技力がとても高く、まるでアニメの中の登場人物が実際に存在しているかのように思わせるほど素敵な演技をする。将来私 も、そんな声優になって、たくさんの人に喜びと楽しみを与え、生きがいを見つけてもらえるようにがんばろうと思っているのである。ある日の事、

 「なりたい、ではなく、なる、と言え。」という言葉を知り、私は深く共感した。ただの願望ではなく、強い意志と強い心を以て夢を叶えろ、という素晴らしい言葉だ。

 「がんばらなくてもいいよ。」母はがんばり過ぎる私を心配していつもそう言ってくれる。「強い心を持って生きられる人になりなさい。」父の言葉は私の背中を強く押してくれる。夢に向かって突き進んでほしい、という二人の温かい真心はいつも私の心に響くのだ。

 挫けて諦めそうになった時に、いつも近くにいる人々の存在が、私を励まし、勇気づけてくれた。

 おそらく私はこれから、たくさんの事につまずいて、挫折を味わうだろう。しかし私は今、応援してくれる人達の想いを胸に一歩を踏み出す。

  今あなたは大きな壁に阻まれて、夢や目標に向かうことを諦めようとはしていないだろうか。そんな時は周りの身近な人達に少しだけ頼ってみよう。きっとその 人が、あなたに勇気と自信を与えてくれる。あなたの心を強くしてくれる。それはあなたの生きる力となって、目の前の大きな壁を簡単に崩すことができるだろ う。

 だから踏み出せ。しっかりとした一歩を、今までの経験で培った強さを以て。

 だから進め。そばで声援を送ってくれる、大切な人達のために。

 声援を力に変え、心の強さを勇気とし、生きる強さを自信とせよ。

 真っ直ぐ、真っ直ぐ、ただ一点だけを前に見据えて。

 未来へ向かって、突き進むのだ。

 

 

◎最優秀賞 『ソフトボールの魅力』     河東中学校 3年 星 李奈 さん

  

  みなさん、ソフトボールをやりましょう。ソフトボールは2020年東京オリンピック種目の候補になっています。それにもかかわらず、福島県の競技人口は 減ってきています。中学校女子のソフトボール部では休部になる学校が出てきています。私の所属している河東中ソフトボール部も、部員数が少ない状況が続い ています。そこで、少しでも多くの人にソフトボールへの興味をもっていただくために、私が感じたソフトボールの魅力を伝えたいと思います。

  ソフトボールからたくさんのことを学びました。小学校の頃に初めてソフトボールという競技を見たときは、ボールは大きいし、球は速いし、監督は怒鳴ってい るし…と、とても怖かったです。でもそれを乗り越えると楽しくプレーすることができるようになりました。乗り越えられたのは一緒に練習した仲間のおかげで す。私は何度も、「仲間」に助けられてきました。私が練習中に速い打球を捕れなかったり、打てなかったりしても「大丈夫。」「がんばれ。」「できる。」な どと、すぐに声をかけてくれました。その一言で、私は今までがんばれました。夏の暑い日なんて、とてもつらくて、つらくて家に帰るとそのまま眠りにつくぐ らいでした。でもそういうときの満足感がいいのです。一緒に練習を乗り越えてきた仲間がいるからこそ満足感を感じられたのだと改めて思います。また、先輩 にも恵まれました。一年生の頃から先輩に引っ張ってもらい、勝つことの経験を味わうことができました。この感動もチームスポーツであるソフトボールの魅力 の一つだと思います。

  ソフトボールには、青空の下で大きな声を出してプレーする感動があります。最近は外で遊ばず、家でゲームやスマホで遊ぶ子が多いです。外で体を動かすこと の気持ちよさや健康的だと感じる気持ちを味わえないことはもったいないと思います。練習したプレーが試合でできたときに、とてもうれしくなって思わず仲間 とハイタッチしてしまう興奮や、声を上げて喜びを分かち合う楽しさを味わってほしいです。

  ソフトボールには誰もが主役になれるチャンスがあります。足がおそくても、背が低くても大丈夫です。それぞれの個性が武器になるからです。遠くに飛ばせ る。力がなくても守備が上手。状況判断が的確にできる。バットに当てるのがうまい。背が低いのだってストライクゾーンが狭いから有利です。なんだっていい のです。自分が得意なことを一生懸命にやることで勝利につながることがあるのです。私も得意なことと言えるものは入部したときにはありませんでした。だか ら、一つひとつの練習をひたすら繰り返すことしかできませんでした。そんな私が県大会の準決勝で延長戦にけりをつけるツーベースを打つことができたので す。誰も打てない状況で、私の打った打球がレフトを越えたのです。無我夢中で二塁に行ったときに聞こえてきた先輩の「ナイスバッティング。」という大きな 声にうれしさがこみ上げてきました。私でも活躍できたという感動は今でもはっきりと覚えています。9つのポジションと打順、代走、代打、守備など自分をい かすことのできる役割がたくさんあります。これは他の競技にはない大きな魅力だと思います。

  どうですか。ソフトボールの魅力が伝わってきましたか。私達の部活動のモットーは「強くて、愛されるチーム」です。私達を支えてくれるすべての人に感謝し つつ、準備や片付けにも一生懸命に取り組み、あいさつや返事、礼儀を大切にすることで愛されるチームになろうという思いが込められています。それは、私が 今までソフトボールを続けてこられたのは家族の支えがあったからこそだという思いが強いからです。今ソフトボールをできるということに感謝しつつ、仲間と ともにソフトボールを続けていきたいと思います。

 みなさん、ソフトボールをやりましょう。 

 

◎最優秀賞 『ばあちゃんのこと』     第六中学校 2年 大島 和 さん

  

  私には87歳のばあちゃんがいます。ばあちゃんは、認知症です。そのため、身の回りのことで、出来ることと出来ないことがあります。出来ることは、ご飯を 食べることや歯を磨くことです。出来ないことは、食器を洗うことやお風呂に入ることです。ばあちゃんは、いつも悔しそうに「練習してそのうちできるように なったら自分でやるから、ちょっとの間だけお願い」と言います。働き者のばあちゃんにとって、家事ができないこと、他の人にそれを頼まなければならないこ とは、本当に悔しいことだろうなと思います。でもその悔しい気持ちも認知症のために忘れてしまいます。

 家族が、ばあちゃんの認知症に気づいたのは、ばあちゃんがガスの火を消し忘れた時でした。しっかり者のばあちゃんだったので、最初はうっかり消し忘れたのだろうということだったのですが、でも、その時からばあちゃんの物忘れが悪化していきました。

 今では同じ事を三分以内に二回以上聞くことも当たり前のようになってしまいました。

  「ご飯だよ」と呼んでも、呼ばれたことをすぐ忘れてしまうので、何度も呼びに行かなければなりません。私の友達が遊びに来た時には「どっから来たの。」 と、友達と目が合う度に聞きます。私も友達も、同じことを何回も聞かれると嫌になってきます。だから適当な返事をしたり、無視してしまうことがあります。 ばあちゃんも、その時は怒りますが、5分もしたらみんな忘れてしまうのです。そんなばあちゃんを見て、私は「気楽でいいな」と思っていました。でも、毎日 ばあちゃんと暮らしていくうちに、ばあちゃんは本当に気楽なのかなと考えるようになりました。そして今は、私は気楽とは違うと思っています。

  なぜなら、忘れてしまうということは、全てが無くなってしまうということだからです。悲しいことや辛いことを忘れられたら、悩むことも苦しむことも無くな るわけですから、他人から見たら「気楽でいいな」と思われることでしょう。でも、忘れてしまうのは、それだけではありません。ばあちゃんにとって楽しいこ とも、うれしいことも、忘れてしまうのです。

  ある日、ばあちゃんの仲のいいお友達が、家に遊びに来ました。一緒に笑いあい、しみじみと涙をながして、語り合っていました。でも、その人が帰ったあと、 家族が「今日は○○さんが来てくれて、良かったね。」と言ったら「いや、そんな人、来てないよ。」とばあちゃんは答えたのです。

 みなさんは記憶が消え去っていくばあちゃんをどう思いますか。自分がばあちゃんと同じ認知症になったと想像してみてください。記憶をなくしながら生きるということに、どんな意味があるのかと考えたとき、私はよくわからないけれど、怖くなりました。

 ばあちゃんは、私にとって「素敵な人」です。それは、今現在も、自分ができないことを克服したいと言ったり、私の小さな変化に気が付いて、思いがけない一言を言ってくれたり、何より「百まで生きる」という、明確な目標をもって生きているからです。

  人間は歳をとるものですが、歳をとることを嫌なことと思っている人がいます。そして認知症になることを恐れている人がたくさんいます。認知症の人やその家 族の大変さが、私はよくわかります。困ること、悲しくなることがたくさんあります。でも私は、ばあちゃんが認知症になったおかげで、「生きる」とはどうい うことなのだろうかと、考えることができました。答えは出ていません。でも歳をいっぱい重ねたばあちゃんとの暮らしのなかで、なにかを見つけられるかもし れません。私はばあちゃんが大好きです。ばあちゃんは忘れてしまっても、私は、ばあちゃんとの毎日を、大切にしていきたいと思います。 

 

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